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地方における英才教育

地方における英才教育を考えてみたい。地方都市では、私立の進学高校は少ないのが現状である。地方の私立高校は、高校野球などスポーツの分野では全国レベルのところが多いが、大学進学ではあまり実績が出ていないのが現状である。地方でも進学のための私立高校がもっと出てきて、英才教育を担ってほしいものだと思う。北海道・東北では北海道大や東北大へ100名以上の合格実績を出す進学のための私立高校はないのが現状ではないだろうか。となると、この地方における英才教育は、戦前からの伝統校に頼るより他はない。公立高校で英才教育は可能であるかと考える時、甚だ疑問に感ずる。英才教育というものは、子供のもっている才能をできる限り引き出してやることである。

生徒や児童が食事をしている風景

春期講習とか夏期講習では、一日四時間から五時間ぐらいの時間割になっている(中3の場合は理社が入るので、約六時間になる)。そのため、お弁当を持ってきて三十分の休み時間に食べることになっている。なかなか忙しいお母さんも多いようで、いわゆる手づくりのお弁当にごはんとおかずがパックになっているもの)を持ってくる者は三割ぐらいで、あとの半分以上はハンバーガーやコンビニエンスストアーで買ってきたおにぎりなどだ。生徒や児童が食事をしている風景はにぎやかで、観察していると、とてもおもしろい。昔はごはんのお弁当ならだいたいお茶と決まっていたが、今ではごはんと一緒に炭酸類のジュースやコーラを飲む者も多くなってきた。中にはスポーツドリンクを片手におにぎりを食べている子どももいて、面くらってしまう。こんなことで驚いているのは、中年になった証拠かもしれないが。

教育の目的とは

子どものときに、きちんとした詰め込み教育を受けることは意味があると思います。数学では思考力や考える習慣をつけることが重視されるべきだなどという人が多いのですが、インドのように幼いころから「一九×一九」の掛け算まで覚えさせるほうが優れたソフト開発者が出るとすれば、理由が何であれ、そうした掛け算を頭にインプットしたほうが意味があるという事実がわかるわけです。もちろん、それは結果論だという指摘は理解できます。しかし、思考力や自主性重視の教育では、数学に秀でた秀才・天才はそれほど多く出ていません。逆に、数学が苦手になるケースがやたらと多いのです。これに対して、「九×九」や「一九×一九」の掛け算を覚えさせると、数学のレベルが全体的に向上します。素質や才能が明らかに乏しいと思われる子どもでも、計算がスラスラできるのですから、教育法としては優れているのです。ただし、これは天才を生む法のような特殊なハウツーとは別次元の話です。天才というのは、もともと才能に恵まれている人たちですから、何らかのきっかけで天分が開花するものです。その天分の開花を邪魔するような余計な押し付けは好ましくないかもしれません。